第85回   “母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査”考
2013年4月19日  
 
 

 昨年の初め頃から、新聞報道などで話題になっていた“母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査”がこの4月から、臨床研究と云う形でやっと一部の施設で実施されることになりました。
 この検査法は妊婦への身体的リスクをほとんど与えずに母体血の採血だけで染色体異常の検査が出来るので容易に普及するだろうと予想されましたが、一方で、その簡便さがマス・スクリーニングに繋がり、治療の出来ない障害が予測される胎児の出生を排除し生きる権利と命の尊厳を否定しかねない、生命の倫理の根幹にかかわる問題だと云う意見も出てマスコミを賑わせました。
 それを受けて、日本産婦人科学会はこの検査の問題点とあり方について検討するために専門の委員会を設け、その中には法学・倫理の専門家も加えて検討し、去年の12月に“母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査”指針案を出しました。その後、パブリックコメントの意見も取り入れ、3月9日に“母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査”指針を決定し、4月から臨床研究と云う大変窮屈な形で実施することにしました。
 指針の要点は、基本的姿勢として、このような出生前検査には、妊婦とその配偶者に十分な遺伝的カウンセリングが必要であること。又、適応基準を定めてマス・スクリーニングにしないこと。が上げられています。
 その結果、施設要件として、染色体異常例について、十分な知識と豊富な診療経験を有する産婦人科専門医と、小児科専門医が常勤で有ることを要し、しかも少なくともその内の一人は臨床遺伝専門医であることを要す。さらに産婦人科専門医と、小児科専門医が協力して検査を希望する妊婦に十分な時間を取って施行前後に遺伝的カウンセリングを行える体制が整えられていること。が必要条件であり、
 対象となる妊婦の要件としては、

  1. 胎児超音波検査で、胎児が染色体数的異常を有する可能性が示唆された者。
  2. 母体血清マーカー検査で、胎児が染色体数的異常を有する可能性が示唆された者。
  3. 染色体数的異常を有する児を妊娠した既往のある者。
  4. 高齢妊娠の者。
  5. 両親のいずれかが均衡型ロバートソン転座を有していて、胎児が13トリソミー又は21トリソミーとなる可能性が示唆される者。
となっています。
 ここまで読まれて、皆さんはこの検査の有り方についてどのように感じられたでしょうか・・・?!
 安全な検査なのだから、染色体異常を心配している妊婦さんはもっと簡単に誰でも受けられるようにすべきだと考えますか?。それともこれくらい規制が有った方が良いと思われますか?、あるいは生命の倫理に関わるそんな検査は禁止してしまえと云われますか?。
 現実的にはこれだけの縛りがあると、そう簡単にはこの検査は受けられません。実はこの厳しい施設基準にもかかわらず手を挙げて参加した施設は、愛知県地方では名古屋市立大学と藤田保健衛生大学があります。しかし、全国的には現在の所、未だ15施設しか認定されていません。これでは県内に認定施設の無い県が大部分で大変な労力が必要になります。例えば、岐阜県も三重県も認定施設がありませんので、この検査を希望する妊婦さんは、わざわざ血液検査のために何度も名古屋まで足を運ばなければなりません。
 又、この検査は現在、13トリソミー、18トリソミー、21トリソミー(ダウン症)と云う胎児の三つの染色体数的異常に限って診断しています。その精度は99%と云う高いものですが、偽陽性もわずかですがありますので、陽性に出た人は羊水検査をして最終診断をすることになっています。それぞれの検査の結果が判るのに約2週間ずつかかりますので、いくらカウンセリングを受けて理解しているとは云え精神的には大変でしょう。因みに料金は全額自費で、この検査が20万円、羊水検査が10万円ほどかかりますので、経済的にも大変です。そうなると染色体異常児の嫌な人は、羊水検査を受けずに外の施設で妊娠中絶を受けてしまう人も出て来ると思いますが、それを止めることは出来ないでしょう。又逆にどうせ最終診断のために羊水検査をするのなら経済的な事も考えて、最初からある程度の危険を承知で羊水検査をする人も出て来るでしょうが、それではこの検査の良さを生かせません。
 今は値段が高いので、学会が恐れているようなマス・スクリーニングと云うほどこの検査をする人はいないでしょうが、母体血の採血だけで済むと云う簡単な検査ですので、産婦人科の医者でなくても、何科の医者でも、極端なことを云えば検査センターでも出来てしまいます。安くなれば産婦人科学会の指針を無視して実施する所も出て来るでしょうから、それこそ適切な遺伝的カウンセリングも行われずにマス・スクリーニングとなり、安易な命の選別につながる可能性が出てきます。
 それが問題であるなら、ある適応を満たしている人だけはこの検査を受けられると云うことにも矛盾を感じます。いっそのこと治療の可能性の無い疾患の出生前検査・診断は一切するなと云った方が理屈に合っているような気がします。
 ・・・今回は大変重い話になってしまいました。
しかし、我々のような生殖・生命の誕生に関わる者は、新しい技術が開発されるたびに、このような問題に直面します。生命の倫理に悖らずに、しかも妊婦さん達たちの幸せのために新しい技術を取り入れて行くにはどうすれば良いのでしょう?
  このコラムの愛読者の皆さんはもちろん、広く各分野の人達と今後十分な論議を重ねて行かねばならない問題だと思っています。
 
 
星ヶ丘マタニティ病院 理事長 近藤 東臣  
 
 
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