第32回   久しぶりの骨盤位牽出術に興奮!
2008年11月20日  
 
   先週の金曜日、本当に久しぶりに骨盤位牽出術で逆子の赤ちゃんを経膣分娩させました。実はこの妊婦さんは、一回経産の方で、前回は頭位で正常分娩でしたが、今回は骨盤位になってしまって直らないので、当院の方針もあり、ご本人も納得されて帝王切開の予定を立てていた人でした。しかし予定帝王切開の日よりも前に、「陣痛が来た」と連絡がありました。仕方が無いので早速入院してもらって、緊急帝王切開をする積りでした。所が病院へ来られた頃には、かなり陣痛も強く痛そうで、診察したら、赤ちゃんのお尻が既に排臨状態(膣口に見え隠れする状態)で、もう帝王切開が間に合わない状況になっていました。此処まで進んでしまったからには下から産みましょうと患者さんも我々も覚悟を決めました。その為には骨盤位牽出術と云う特殊な産科手術を必要とします。骨盤位牽出術とか、鉗子分娩術とか云った、所謂産科手術は産科の医者だけにしか出来ない特殊な技術で、勿論医学的な判断の基に行うものですが、そのテクニックは職人的な技です。我々の若い頃はこの技術をマスターして早く一人前に成りたいと猛訓練をしたものです。お陰で自慢する訳ではないですが、やっぱり自慢ですが、私も産科手術では名古屋で十の指に入ると云われる様になりました。昔は若い医者に得意になって指導したものですが、今やその機会が無いので指導はおろか、見せる事も出来ません。考えてみれば、今の若い医者は、骨盤位を引く事も出来ない産科医になってしまいました。残念な事ですが、これで良いのでしょうか。今回のような時はどうなるのでしょう・・・。
  それはとも角、金曜の午後でしたので、産科の医者は全員いました、代務の若い女医さんもいました。助産師学校の学生までいて、皆もの珍しそうに見学に集まって来ました。婦長さんが「理事長のベッケン(骨盤位の事)は神業だから見ておきなさい」とか云うので、本当は院長(彼も上手)にやって貰おうと思っていたのに引くに引けなくなって私がやる事になりました。若い頃から今だにそうですが、お産で分娩室に入る時は、初陣の若武者の様に、上手くいきます様にと心に念じ、新たに気を引き締めて入ります。産科手術をする時はその思いはなおさらです。しかし、これだけギャラリーが多いと流石に緊張しましたが、冷静を装って牽出術に入りました。先ず臀部を牽引し、横8の字法で肩甲、上肢を娩出し、ファイト・スメリー法で後続児頭を娩出させました。手技はスムーズに進み、出て来た赤ちゃんはアプガール・スコア(赤ちゃんの元気度を示すスコア。10点満点で、10〜7点が正常)9点と元気で立ち会った小児科の医者の出番はありませんでした。小児科で思い出すのは、当院最初の小児科部長だった鈴木先生が「他所ではベッケンはアプガール2〜3点で生まれるのに、此処では8〜9点で生まれる、信じられない」と驚いていたのを懐かしく思い出します。逆に云えば、アプガール2〜3点で出て来た仮死の児を如何に上手に蘇生させるかが小児科医の腕の見せ所でもあったのですが・・・。
 取り合えず今回は牽出術は流れるように進み、見ている人には私の手がゴッドハンドの様に写ったでしょうが、実はこの赤ちゃんは大変良い子でほとんど勝手に出てきてくれたので、私は型どうりに手を添えている程度で良かったのですが、それでも面目は保てました。
 と云う様な今回突然のハプニングがあったわけですが、考えてみると当院で骨盤位は全例帝王切開術と決めてもう何年経ったでしょうか。おそらく5〜6年だと記憶しています。勿論、それ以前は骨盤位と云えども、適応を決めて経膣分娩を選択していました。しかし、昨今の社会情勢で新生児に異常が起これば必ずと云っていいほど訴訟が起こる時代になってしまったので、児の万一を考慮して、当院でも全例帝王切開を選択するようになりました。これも一種の萎縮医療ですが、医療側の保身のため仕方の無い部分もあります。確かに帝王切開をすれば、児の安全は経膣分娩に比べて有意に保障されます。しかし、母親のダメージは経膣分娩に比べて明らかに大きくなります。お腹に傷がつくだけでも女性に取っては美容上大問題ですが、それは我慢してもらうとしても、子宮も切りますので、その部位に傷が出来、次の分娩で陣痛が起こった場合、運が悪いと子宮破裂を起こす可能性があります。そうなると母児共に大ピンチですので、次の妊娠では今度は母児の安全のために、頭位で順調そうでも帝王切開と云う事になります。それどころか、羊水塞栓症など起こせば、母親の命に関わる事もあります。それでも児の安全を優先して帝王切開の適応が増えました。状況は違いますが、妊婦さんが子供のために只耐えることを求められた私が医者になった40数年前と同じように、今又妊婦さんが赤ちゃんの為に犠牲を強いられる時代になった様な気がします。
  話は飛びますが、分娩には常に母児二つの命が関わります。勿論両方とも正常であることが何よりですが、もし、どちらかしか救えない状態になった時、大変きつい質問ですが、このコラム読者の皆さんは、どちらを優先すべきと考えますか。お母さんですか赤ちゃんですか。敢えて誤解を恐れずに云うならば、実は昔は、この件についてある程度国民的なコンセンサスがあったのです。それは“母親は既に存在し、家族に取ってかけがえの無い大事な人”しかし“赤ちゃんはこれからの存在で、この子が駄目でも代わりが出来る”だから“どちらか一方と云う時は母親を中心に考える”。我々産婦人科医も当時は“先ず母親”と云う方針で考え、家族も納得してくれました。こんな時、お祖母さんが、娘に言う慰めの言葉が、「あなたさえ助かれば、又元気になって次はいい子が産めるからね」でした。しかし、最近は少子化、高齢出産と云う事もあって、この子が亡くなっても、次の子が出来る保障は無い、ましてや不妊治療で体外受精をしてやっと出来た子は、貴重児と云って家族の期待は母親よりも大きいかもしれません。そうなると絶対にこの子を安全に出産させなければならないので、児の安全のために母親に負担が大きくても早めの帝王切開で解決する方向になります。その結果、以前は5%前後だった当院の帝王切開率も15%を超えるようになりました。この傾向はどんどん進んで、いずれほとんど帝王切開と云う事になるかも知れません。既にそういう国もありますが、果たしてそれで良いのでしょうか・・・。
 
 
星ヶ丘マタニティ病院 理事長 近藤 東臣  
 
 
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