2023年10月20日
第211回
トイレは文化!?
 10月も半ばを過ぎてやっと秋らしい雰囲気が漂ってきました。病院前の公園の紅葉も色づいています。
 日本に秋は無くなったかと先月のコラムで書きましたが、間違いでした。やはり四季は巡ってくるようです。しばらくこの穏やかな日々が続くことを祈ります。
 加えて言えば、世界中が無益な殺生のない穏やかな日々になる様に祈りたいと思います。

 さて、先日ある雑誌で作家の林望さんの「トイレは文化」というそれこそウンチクのある愉快なエッセイを読みました。彼によれば日本は公衆トイレに関しては一等国だそうです。
 “清掃が行き届き、ほとんどがウォシュレットでトイレットぺーパーなども欠かさず配備してある。それに何万軒とあるコンビニでは、たいていトイレが使用できる。これは世界的に見てすこぶる素晴らしいことである”と言うことです。
 彼が暮らしていた頃、イギリスでは“有料公衆トイレはあることはあったが、夜間はサービス要員が帰ってしまって施錠されてしまう。出物腫れ物所嫌わずで、七転八倒することもあった”そうです。
 又、“旧共産圏の諸国は有料トイレで使用料金に加えてトイレットペーパーを買わされることが珍しくない。係員がトイレットロールから1枚、2枚とミシン目で切って売ってくれるのだが、入ってからその紙が足りなくなったら悲劇が起こる。スーパーでも欧米ではトイレは従業員専用で、一般には利用させないという所も珍しくない”という現状で、“日本のように、何処でも誰でも気楽にトイレを使うことが出来るというこの状況こそ世界的には例外なのだ”そうです。

 確かに食事は1日くらい我慢することが出来ます。断食をしてわざと食べない人もいるくらいですが、排泄は催したら我慢できません。それも短時間の内に処理しないと大変なことになってしまいます。
 日本で生活していると、どこでも誰でも気楽にトイレを使えることが当たり前だと思っていましたが、それは実は大変恵まれた環境のようです。特に高齢者にとっては、トイレの利便性は外出のしやすさに直結します。老人仲間の中には、これが気になってバス旅行などの団体旅行を遠慮する人もいます。
 先ず、催してから我慢できる時間が短くなります。しかし、発射準備出来てから出始めるのに時間が掛かり直ぐ出ません。やっと出だしても途中で切れて、再開させるためにはかなりの腹圧をかけるなど労力が必要になります。その挙句出切った感がしないのです。
 医学的にもわかっていることですが、膀胱の容量は約500㏄あり、若者は満タンになるまで我慢出来ます。そして一気に全量放出することが出来ますが、老人は300㏄くらい充満すると催し、排尿し終わったつもりでも50㏄以上残してしまいます。
 もっと高じると、肛門括約筋も緩んできていますので、腹圧で肛門から何か出そうになります。ガスだけなら臭いで済みますが、中身まで出るとよろしくないので、仕方なく便座に座ることになります。そうすると大便の方に意識が行って、尿が出ているかどうかが釈然としない感覚になります。
 今の若者は子供の頃から洋式便器に座って小便もするように教育されているらしいので、ごく自然でしょうが、我々の世代は立ってするのが普通でしたので、座るとどうしても力みやすくなります。
 そんな時は乳幼児におしっこをさせる時、シィー、シィーと言うと出やすいように、老人もシィー、シィーと言うと出やすくなるそうです。まるで幼児返りですね。

 今回は「トイレは文化」というウンチクのある話から脱線して、高齢者の排泄問題におよび少し尾籠な話になってしまいましたが、ご勘弁ください。