2008年6月20日
第27回
妊婦健診補助券余話
 妊娠すると、地域の保健所で、母子手帳が発行される事は皆さんご存知だと思います。そこにはお母さんと赤ちゃんの為の、様々な公費負担の補助券が付いています。その一つに妊婦健診の補助券があります。以前は都道府県及び政令都市単位で発行されており、1回の妊娠における妊婦健診の受診回数はだいたい13~14回ですが、その内2回分を公費負担していました。負担額も全国ほぼ一定で、しかも通常の施設設定の健診料より多少高めに設定されていましたので、この補助券を使う時は患者さん負担ゼロ、要するに無料券のように扱っていましたが、医療側にも異存はありませんでした。しかし昨年の法改正で、担当するのが、都道府県単位から市町村単位に細分され、一方で厚労省の「妊婦健康診査の公費負担の望ましいあり方について」の通達で、妊婦健診の重要性に鑑み、補助券は5回もしくはそれ以上発行するのが望ましいとの指令を受けて、各市長村が独自の補助券回数と値段を決めました。これによって産婦人科の医療現場は大混乱に陥りました。愛知県でも市町村によって対応はバラバラで、しかも最初は、それぞれの市町村と医療施設が契約しなければ使えないという事で、それでは患者さんはどこの施設で使えるのか、いちいち調べて掛らなければならないし、医療側も全ての市町村と契約する事など不可能で、とんでもないシステムだ、厚労省は何を考えているのだと憤慨し、愛知県医師会、名古屋市医師会、愛知県産婦人科医会が行政と交渉しました。ぼやいても仕方の無い事ですが、医師会の役員には、産婦人科の医者が少ないので、直接影響が無い性か今一熱意に乏しく、結局直接混乱に巻き込まれた産婦人科医会が、中心となり交渉しました。その結果、さすがに補助券使用については契約の必要なしという事で決着しました。しかし、14回補助券を出せる富める市町村と、5回しか出せない財政ひっ迫の市町村とでは、住民に対するサービスの格差が出る事になりました。これも小泉政策の後遺症の一つでしょうか。しかも市町村によっては無理に回数を増やして、その分1回の公費負担額を減らす所が出てきました。それでは医療機関の負担になってしまいますので、何とか以前の額よりは下げないようにと、交渉を重ねたのですが、ほとんどの所で押し切られてしまいました。その時云われた事が、これは飽くまで補助券ですので、足らない分は患者さんに請求してくださって結構ですという事でした。確かにあの券には、補助券と書いてあり、無料券とは書いてありません。以前でも超音波検査とか特別の検査をした時には、追加料金を頂いていましたが、普通の健診では負担ゼロが常識になっていましたので、今更追加料金を取れば、幾ら補助券ですと云っても、たぶん患者さんとのトラブルの元になるだろうと思います。この点については医療側が泣きを見ることになりました。産科医不足で産科医療崩壊が叫ばれ、政府は立て直し策を色々議論しているのに、まだこうして末端の実務の所では、それとは裏腹な産科医いじめをしている行政の姿勢に対して多くの医会会員から矛盾と怒りをぶつけられました。それはとも角、当院では差し当たり無料券扱いにすることにしました。その他にもおかしな事があります。それはほとんどの市町村の補助券で毎回貧血の検査項目が入っている事です。14回券のある人は健診に来るたびに貧血の検査を受ける事になります。妊娠中後期では2週間毎に、妊娠10ヶ月に入れば1週間毎に患者さんは採血で痛い思いをしなければなりませんし、医学的にもそんなに頻繁に貧血を調べる意味も、必要もありません。これは無駄だから必要に応じての検査で良いですかとの質問には、書いてあることはやって下さいとの事でした。患者さんが了解してくだされば良いですが、そうでないと後でトラブルになっても困りますので、毎回採血することになりそうです。役人の言うことはホントに杓子定規で融通が利きませんね。もっと現場の医療サイドと連携を取って、もう少し実際に即した立案をしてくれれば患者さんにとっても我々医療側にとっても良いシステムが出来ただろうと今回の事でつくづく思いました。産婦人科医会の役員として今回の交渉に携わっての虚しい実感です。
  今回の補助券についてのゴタゴタは未だ完全に解決した訳ではありませんが、見切り発車的にもうスタートしています。各市町村は補助券の追加分をそれぞれの予定日に合わせて、枚数を変えて出したりしていますので、妊娠中の人は一度保健所に問い合わせてみると良いと思います。いずれにしても当院では、差し当たって患者さんに混乱を来たさない様に対応する積りですのでご安心下さい。
  今回は最初から、愚痴っぽい、セコイ話になりましたが、補助券とは関係なく妊婦健診は大切ですので、サボらずにぜひ受けてください。
  妊婦健診では主に以下の事を診ています。
妊娠初期(妊娠16週未満)では、先ず、妊娠初期の胎児発育と分娩予定日の設定。異常妊娠の有無、多胎妊娠の膜性診断。続いて、妊娠に影響を与える疾患、妊娠が症状を悪化させる疾患の有無の把握。又母児に影響を与える感染症の有無の発見。
  妊娠中期、後期(妊娠36週未満)では、先ず、流産・早産の予知。切迫流早産の診断と治療。続いて、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、内科合併症などの早期発見と予防、そして妊娠中の悪化防止。又、胎児異常の早期発見と管理。
  妊娠36週以降では、母体の分娩準備状態の判定(子宮頚管の成熟度と産道の評価)。一方で胎児のwell-being(健常度)の判定管理。などです。
 格差社会など昨今の社会情勢からか、妊婦健診未受診のまま分娩に至るケースが増えています。しかし、未受診で分娩に至ったケースの周産期死亡率は、定期的に妊婦健診を受けていたケースの実に約18倍と報告されています。妊娠は正常に経過することがほとんどですが、中に妊娠合併症を発病する事があります、それを見落としていると、悲惨な結果になってしまうのです。勿論、赤ちゃんだけで無く、お母さんまでが悲しい結果になることもあります。
  しつこい様ですが、妊婦健診を定期的に受けて異常を未然に防ぎ、よい子を産み、良い子を育てましょう!