2005年5月20日
第3回
生活習慣病は母親由来
今回は本来の話題に戻って、医学的なお話をしましょう。
このコラムの読者(?)の多くの方々は、現在子作り中、又は子育て中の若い世代の皆様だと思いますので、生活習慣病と云っても実感のわかない人が多いでしょうが、もう少し年を取って、壮年期に入ると多くの人が何らかの生活習慣病にかかって、医者通いを強いられ、毎日投薬やら、自己注射などをする羽目になります。これらの心臓、血管系の病気や、糖尿病などは、その名の示すように、まさしく日ごろの生活習慣の結果で、若い頃の暴飲暴食、不摂生などが原因で起った、なれの果ての症状だと考えられていました。
その為、今の結果は自分の若い頃の生活態度に起因し、自己責任だと半ば観念して、医者にかかってくれますので、医者にとってはどちらかと云えば扱い易い病気の一つでした。
  しかし、最近は小学生にも、肥満、糖尿病、高脂血症などの症状が出現し、大人になってから生活に気を付けても、すでにもう遅く、乳幼児期からの食生活、睡眠、運動など、良い生活習慣が必要だと云われ始めました。そうなると自己責任以前に、親の責任かとも思いますが、ところが、いやもっと前からだと言う説が出て来ました。それは、胎生期、すなわち母親のお腹の中で決まると言う説です。妊娠中の胎内環境が良くて、赤ちゃんが胎内で健やかに育ち、出生時に胎内週数に合った適正な体重で生まれた子は、低体重児や、巨大児に比べて、生活習慣病になる確立が、有意に低いと言う報告が出ました。確かに、若い時に無茶をしても生活習慣病にならない人、反対に若い時から摂生して予防に備えたにもかかわらずなっちゃった人もいます。これは遺伝も関係していますが、生まれた時にすでに決まっていた事かもしれません。そうなると一昔前に流行った小さく生んで大きく育てようと云うのは両方とも、生活習慣病には悪い方法だった事になります。

 余談ですが、このように医学的常識、あるいは定説が、全く逆にひっくりかえる事は、私が医者になってからの三十数年間の間にも時々ありました。今でも思い出すと冷や汗ものなのが、新生児のうつ伏せ寝です。うつ伏せ寝にすると、ミルクの納まりが良く、誤飲も少なく、首の据わりも早くなり、おまけに頭が絶壁型にならず、欧米人のような凸型の格好良い形になるなど、美容上でも良い事ずくめの能書きでした。しかしそれから暫くして、新生児突然死症候群の確率が上がり始めました。
一方、欧米では仰向け寝の群とうつ伏せ寝の群を比較したところ、仰向け寝群の方が、有意に新生児突然死症候群の率が低いと云う発表がありました。その結果、成熟新生児のうつ伏せ寝は、 5 年も経たずに消滅しました。
我々としては、昨日まで勧めていたことを、今日急にあれは駄目ですと云わなければならなくなった事に非常に忸怩たるものがありました・・・・。

 話を本題に戻して、最近厚労省は、生活習慣病にならない子を産むための妊婦の栄養指標を出しました。その内容として、バランスの取れた栄養、ミネラルの摂取等はごく当たり前ですが、適正な体重増加を挙げている事に注目して下さい。最近過度のダイエットが流行して、元々の体重が低いのに、妊娠してもなお、体重増加を嫌う傾向がありますが、これは胎児にとっては不利な要因となります。
例えば妊娠前に45kg以下の痩せた人は、妊娠中に12.5kgの体重増加が適正です。この様に栄養指標を基に、妊娠中の母親の健康状態を良好に保って、胎児がすくすくと育つ胎内環境を作る事が生活習慣病の予防に大事だという事になります。その為には、妊娠中の母親の摂生と産婦人科医の管理が重要な課題になって来ます。
 今、我々、産婦人科医は元気な赤ちゃんを産んでもらうよう管理するだけでなく、その子の50年60年先を見こした妊婦管理をしている事になります。しかし、すでに現在成人である皆さんでも、予防はもう遅いと諦めないで、日ごろの生活では摂生を心がけて下さい。それも勿論、生活習慣病の予防に役立ちます。それでも将来不幸にして生活習慣病になった場合は残念!
 最近は何でも都合の悪い事は他人のせいにしたがる風潮ですが、生んでくれた母親を恨んだり、ましてやその頃診てくれた産婦人科医を非難したりしないようにお願いします。やっぱり若い頃の不摂生の付けが来た、自業自得と考えた方が生活習慣病と言う病名からも自然で分かり易いと思います。