第18回 周産期救急医療とハイリスク妊娠 2007年9月20日  
 
   最近連日のように“奈良県でハイリスク妊娠の患者がたらい回しにされて、死産になった”とマスコミに取り上げられ話題になっています。最初の報道姿勢は各社とも、ご他聞に漏れず“次々断った病院が悪い”といったニュアンスでしたが、さすがに今回はその背景について検討する記事も出始め、当院にも新聞社やテレビ局の取材がありました。主に“愛知県、特に名古屋では周産期医療救急システムは出来ているのか、機能しているか”、又“ハイリスク妊娠とはどのような妊娠を云うのか”と云った取材です。システムとしては愛知県では名古屋第一日赤病院に総合周産期母子医療センターが置かれ、その下に県内9地域に地域周産期母子医療センターが組織されており、ほぼ全県を網羅しております。しかし十分に機能しているかと云うと、産婦人科医、小児科医不足、或いは、NICU(新生児集中治療室)の慢性的満床などが原因で、危機的状態のまま、何とか廻っているというのが実状です。このまま行けばいずれ奈良県状態になるでしょう。この患者さんはそれまで一度も産婦人科を受診しておらず、ハイリスク妊娠だったことは、後から判ったことですが、もし以前から産婦人科に掛かっていれば、こんな結果にならなかったかも知れません。それはとも角、ハイリスク妊娠とはいずれハイリスク分娩になる可能性のある妊娠を言います。しかしハイリスクかどうかは本人には判らないことが多いので、妊娠したと思ったら最低でも産婦人科医に掛かって経過観察を受ける必要があります。等々、詳しく説明しましたが、私の意図が正しく伝わるような記事がなかなか出ませんので業を煮やして、このコラムに書くことにしました。
 周産期医療救急システムの構造的欠陥については、もはや個人のレベルを離れて、行政の問題になって来ていますので別の機会に議論するとして、今回は医学的な話題のハイリスク分娩について話します。
 現在健康保険上ハイリスク分娩加算が認められている疾患は6疾患です。
  一つは妊娠22週から27週の早産。この時期の分娩では新生児は必ず未熟児ですので、死産になったり、命は取り留めても障害を残したり、新生児にはかなりハイリスクです。従ってNICUのある病院での分娩が望ましいということになります。ではどんな妊婦さんが早産に成りやすいかと言うと、まず多胎妊娠。最近は不妊治療で双胎妊娠の人が増えました。本人達はなかなか出来なかった子供が一遍に二人も出来て嬉しいかもしれませんが、どうしても早産になりやすく、その結果NICUの保育器を2台も占領してしまい、どこのNICUも慢性的に満床状態になっています。この事は緊急搬送の出来ない大きな原因の一つです。それから子宮頚管無力症。これは妊娠中期から子宮口が開いてしまい、陣痛が付いて来て早産になる病気です。早産を視野に入れながらの高次病院での入院管理が必要になります。次は感染。特に絨毛膜羊膜炎を起こすと早産期破水となって早産することがあります。また子宮筋腫のある人は子宮収縮を起こしやすく流早産に成りやすいです。
  二つ目は40歳以上の初産婦。保険上の定義は40歳以上となっていますが、我々の印象では35歳以上はほぼ同じと考えています。要するに難産に成りやすいと云うことです。なかなか分娩が進行せず、その内胎児切迫仮死などが起こって緊急帝王切開になったりします。又妊娠高血圧症にも成りやすく、母子共の注意深い管理が必要です。私の勝手な想像ですが、もしこの人が25歳で妊娠していたらきっと安産だっただろうなと思うことが時々あります。このコラムでも時々提言していますが、子供の欲しい人は是非20代で最初のお子さんを生んでください。これは貴女にとっても、管理する我々にとってもとても幸せなことですから!
 3番目は分娩前のBMI(肥満指数)が35以上の初産婦。肥満は初産に限らず、妊娠、分娩にとっては大敵です。妊娠糖尿病や、妊娠高血圧症に成りやすいだけでなく、難産の元になります。私の経験から言うと、特に小柄で肥満の人は帝王切開になる確率が高い気がします。
 4番目は糖尿病合併妊娠。元々糖尿病があって妊娠した人は勿論、妊娠してから糖尿病を発病した人も、妊娠中は肥満傾向になり、胎児も巨大児になりますが、体重が多いわりには、肺機能などの発育が悪く、分娩時の新生児異常が起き易い。そうでなくても母親は肥満、児は巨大児ですから難産は間違いありません。
  5番目は重症妊娠高血圧症。皆さんには妊娠中毒症と云った方が分かりやすいかも知れませんが、現在は妊娠高血圧症と云っています。この病気は重症になると母親にヘルプ症候群、分娩子癇などの重篤な症状をもたらしますが、胎盤にも悪影響を与え、胎盤機能不全を起こして、胎児発育不全、もっと進めば胎内死亡も起こる怖い病気ですので、重症にならない様慎重な管理が必要です。
 最後が常位胎盤早期剥離。普通胎盤は赤ちゃんが娩出した後で子宮から剥れるものですが、胎盤早剥は赤ちゃんが出る前に剥れてしまう病気です。剥れる程度にもよりますが赤ちゃんは直ぐ仮死になり、状態はどんどん悪化します。母親も短時間の内に出血多量で重篤な状態になりますので極めて緊急な帝王切開が必要になります。大抵の場合は陣痛が始まって、病院に来てから起こることが多いので、何とか母児共に救命出来ますが、胎盤早剥が起こってから運び込まれたのでは、児の予後は極めて悪いものになります。妊娠高血圧症が原因と云われていますが、その兆候の無い人にも発病しますし、なにぶん突然起こるので厄介です。胎盤関連では前置胎盤もハイリスク分娩を想定しなければなりません。
 このようにハイリスク分娩を起こし得るハイリスク妊娠は多々ありますので、妊娠したら何はともあれ、先ず産婦人科医の管理を受けて下さい。それがもし何か有ったときに無事な分娩をするために大事なことだと思います。
 今月は、以上の様なハイリスク妊娠の事を書こうと構想を練っていた時に、いきなり安部晋三首相の退陣のニュースが飛び込んできました。こちらの方が大事件ですし、私としても言いたい事は沢山有りますので、主題変更をしようかと思いましたが、このコラムで私が政治評論をしても趣旨に沿わないので控える事にします。しかし一言。敵前逃亡のようなこの時期の止め方、また自己の政治責任に言及しない辞任の理由説明は無責任の誹りを免れないし、日本国の長として恥ずかしい限りと考えます。でも、この様に重圧に耐えきれず、すぐ切れて放り出す態度は、今の日本人の一般的は風潮を象徴しているようで、日本は首相以下皆こうなってしまったのかと情けない気持ちがしてがっかりです。ついでに言うと、小泉内閣以来続いて来た市場原理主義の改革路線は格差社会を増大したばかりでなく、医療など国民生活の根幹をなす部分への配慮が希薄となって、高次周産期病院の縮小や閉鎖が相次ぐ事態が起き、それが今回のようなたらい回しが起こった根本的な原因である事を次の首相は肝に銘じて欲しいと思います。現在の周産期医療の危機的状態は、もはや一病院や産科医個人の努力では解決できない状況になっています。政府が少子化問題を真剣に考えているなら、子供が欲しい世代の人達が安心して妊娠できるような環境を政治の力で作らなければならないと思います。一言と云いながら余談が長くなりましたが、新首相を始め、政治家の皆さん、次世代の為に一念発起してください。お願いしますよ!
 
 
星ヶ丘マタニティ病院 理事長 近藤 東臣  
 
 
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