第4回 何時まで経っても お産は怖い 2005年6月20日  
 
   何時頃からか、おそらくここ10年位になると思いますが、お産に対する安全神話のようなものが、妊婦さん達の間に広まって来ました。生むこと自体はそんなに心配ないから、安全面ではどこで生んでもほぼ一緒だと言う訳で、病院選びも、分娩、産褥を通して如何に快適なサービスが受けられるかどうかが、条件の第一番目になっているようです。
 もちろん当院でも、そうした患者さんのニーズに応えるべく、施設面や、接遇面で、快適さを高め、アメニティの部分にも重きを置いております。又、国の方針でも、「健やか親子21」の中で、安全で快適な分娩を目標に挙げていますので、それはそれで良いのですが、ただお産は決して軽くなった訳でも、楽になった訳でもありません。
確かに統計上では、50年前に比べて、周産期死亡率で、10分の1、妊産婦死亡率に至っては30分の1に減っています。しかし、この結果は自慢する訳ではありませんが、産科学の発展と、我々産婦人科医を始めとする医療者の努力によって、飛躍的に産科管理が進歩したからなのです。
50年前に比べて、女性の肉体が分娩し易いように進化した訳ではありません。それどころか、50年前に比べて母の出生年齢が5〜7年上昇し、高齢出産が多くなった分、難産率も上がっています。決して昔に比べてお産が簡単になった訳では無いのです。周到な分娩管理によって悪い結果が減っただけです。ですから、分娩を自然の成り行きに任せておけば、高齢出産が増えた分、50年前か、それ以上に、異常産が多くなり悪い転帰が増えるでしょう。
 これからお産、あるいは妊娠をしようと思っている皆さんに、産婦人科のコラムで水をさすような事を言って申し訳ありませんが、大袈裟に言えば、お産は昔も今も変わらず、女性に取って命をかけた一大事業だと言う事を認識して欲しかったのです。
 「お母さんも赤ちゃんもお元気ですよ。」と言えるために、我々、医療スタッフは1例1例のお産に必死で取り組んでいます。妊婦さん自身も大事な大仕事をする訳ですから多少の苦しみには耐える覚悟をして来て欲しいと思います。決してルンルン気分だけではお産は出来ません。医療者側から見ると、お産は不安定要素が一杯なので通常の病気よりかえって怖い感覚があります。妊娠中全く正常に経緯した人が、分娩が始まって急に異常を起こしたり、分娩の過程で急変したり、とにかく、お産は終わるまで安心出来ません。
 私も産科医になって40年近く経ち、その間3万例以上の分娩に立ち会ってきましたので、他人様からは、学問的にも経験的にも技術的にもある程度完成されているだろうと思われて、「先生のようなベテランになればお産が入っても、慌てる事は無いですよね、落ち着いて悠々たるものですよね。」等と云われますが、実は、事お産に関しては今でも怖い。
確かに色んな例に遭遇してその都度適切な対処をしてきて、経験も技術も豊富なつもりですが、お産は1例1例経過が違い、思いどおりに進行しない事も度々ですから、分娩時間が長びいてくると、このお産はどうやって安全に進めていこうかと種々思い巡らし緊張が高まります。一方で最近の妊婦さんは我慢の限界が早く来て、「もう我慢出来ないお腹切って!」と言う事になる訳です。
 帝王切開すること自体は早く結果が出て我々に取っても安心ですのでかまいませんが、しかし、もう少し頑張れば親に負担の多い帝王切開をしなくても、経膣分娩出来そうな場合、その事を妊婦さんや、ご家族に説明して、納得を得たいのですが、これが又難しい。
本人よりも、ご主人や、お祖母ちゃんになる人の方がなお難しい。「こんなに痛がっているのに、ほとんど進まない、可哀相で見てられない、耐えられないから何とかしてやってください。」本人が耐えているのに励ますべきご主人が先に参ってしまってどうするんだと言う事ですが、これなどは夫立会いの逆効果という事でしょうか。
又、お祖母ちゃんが「私は3人も子供を産んだが、こんなに苦しむお産は初めてだ。何かおかしいのではないか」とおっしゃる。たまたまお祖母ちゃんの時は安産だった様で良かったけれど、個人的な3回だけの経験で全ての分娩を判断されても困ってしまいます。
私は男だから、お産の経験は1度も無いけれど3万例の分娩管理を通じて、こんなお産がよく有り、どうすれば順調に経過するのか、お祖母ちゃんよりは良く知っているつもりです。でも時間がどんどん過ぎて、思うように進んでいかないと赤ちゃんの事、お母さんの事など色々想定して心配になって来ます。私はいつも妊婦さんのそばにいる訳ではありませんが、進行状態のデータを見ながら全神経を集中して次の一手を考えていると、信じてもらえないかも知れませんが、胸がキューンとなって食事の時間になってもほとんど食欲が沸きません。そしていよいよ分娩となると、最後の詰めを誤らないようにと、今だに初めて戦場に向かう若武者のように緊張して分娩室に向かいます。やがて無事にお産が終わると、全身の緊張がスーと抜けて、新お母さんと同じ位、ほっとして安堵感と、満足感に浸ります。そして急にお腹も空いて、時間はずれの食事をしたくなって、真っ暗な食堂に下りて行きます。そして明日の朝食に用意してある食材をつまみ食いして、厨房職員に迷惑を掛けています。
 それはともかく、何時まで経っても、いくら経験を積んでも、お産の度に妊婦さんと一緒の気持になって一喜一憂している始末です。決して経験豊かだからと云って悠々となどしていられません。最近高齢妊娠が多くなったせいもあるのか、こんな胸キューンのお産が多くなりました。「いちいちお産の度に胸キューンでは身が持たないだろう。仕事と割り切って沈着冷静に粛々と対処したら」とも云われますが、私はまだ修行が足りないのか今だに駄目です。おそらく照れ臭くさくてこんな告白をする医者は少ないでしょうが、大部分の産科医は、私と同じような思いで、その都度お産に立ち会っていると思います。
 今回はなんだかお産をしようと考えている皆さんを不安にさせるような話になってしまいましたが、もちろん、大部分のお産は順調に終わりますし、起こるかもしれない僅かな率の異常を防ごうと、産科医は真剣に取り組んでいると言うお話をしただけのつもりですので、安心して妊娠して下さい。そして、ご来訪をお待ちしています。
 
 
 
 
 
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