2014年3月20日
第96回
女子受験生・女性アスリートと性周期の微妙な関係
実は、今年も受験シーズンに入って女子の受験生の人達が“試験日と生理が重ならないように出来ないか?”と相談に来られました。確かに月経困難症の人は、試験日と重なれば随分負担になるでしょうから、そんなことで折角勉強した日頃の実力が発揮できないとしたら大変残念です。上手く外すように調節しましたが、その結果、彼女たちが見事合格してくれたかどうか気になっています。それにしても女性は余分な心配事が有って大変だとつくづく思います。
同じようなことが、女性のアスリートにも云えます。種目によっても違うでしょうが、月経痛の強い人が、生理中に競技をしても、おそらく好成績は得られないでしょう。
しかし、受験日と重なるからとか、旅行に重なるから生理を変えて欲しいと云う人は、よく来院されますが、試合日と重なるから生理をずらして欲しいと云う人は、ほとんど受診されません。これは一流選手には当然スポーツドクターが付いているでしょうし、学校の体育クラブでも、学校医が対応しているので、一般の産婦人科へは月経の相談に女性アスリートは来ないものだと、私は勝手に理解していました。ところがこれは私の早とちりで、実際はナショナルチームでも適切に対処されていないようです。ソチ・オリンピックで期待通りの結果が出せなかった女子選手の中には生理中の人がいたかもしれません。
生理をずらす位のことは女の子なら誰でも考えるだろうと思われますが、以外とそんなことが簡単に出来ることを知らない選手も多いようですし、知っていても性ホルモン剤ですからドーピングの問題も絡んでくるので云い出し難い面もあるようです。確かにスポーツドクターは主に整形外科医ですので、その辺のアドバイスが難しいのかもしれません。
そこで、日本産婦人科医会の女性保険部会では、2020年、東京オリンピック開催に向けて“女性アスリートプラン”を立ち上げ、女子選手が最も良い体調で試合に臨めるようなプログラムを考えることにしました。これは単に月経を外せば良いと云うだけでは無く、女性アスリートの性周期の中で最もコンディションの良い時期に試合日を合わせて、彼女の最高のパホーマンスを引き出すようにしようと云うものです。
ここで女性の月経周期と体調変化について考えてみます。先ず、月経期(約1週間)、月経中は女性ホルモンが一気に消褪しますので、程度の差はありますが、女性としての輝きを失い、虚脱感が襲い、思考能力も落ちます。その上、月経困難症の人は、下腹部痛、腰痛、頭痛、悪心、嘔吐などを伴い、月経量の多い人は貧血症状も現れ、精神的にもうつ状態となりますので日頃の能力は発揮出来なくなると思います。増殖期(卵胞ホルモン優位で排卵までの1週間)、月経の途中から卵胞刺激ホルモンが卵巣を刺激し始め、卵胞ホルモンが増加し出します。卵胞ホルモンがピークに達する排卵直前までが、体調も活動的で精神的にも活発な時期のようです。分泌前期(排卵後の1週間)、排卵が終わると卵巣の卵胞ホルモンと黄体ホルモンが安定的に分泌され、肉体的にも精神的にも安定した時期になりますが、分泌後期(月経準備のための1週間)、 月経前1週間位になりますと、卵胞ホルモンと黄体ホルモンのバランスが微妙に狂い、精神的にイライラして怒りっぽくなったり、脱力感が出たり、頭痛や悪心、嘔吐など所謂、月経前緊張症の症状が出る人もいますが、この人たちは生理になると却ってすっきりします。女性の性周期は、このように四つのパターンに分類されます。いずれの時期でもほとんど体調に変化の無い人もいますが、大抵の人はこのように1か月の間に随分精神的にも肉体的にも状態が変わります。どの時期に体の調子が良いか、悪いかには個人差もありますが、普通は体調が一番良いのは増殖期、続いて分泌前期、分泌後期、最悪が月経期と云うことです。しかし、分泌後期に月経前緊張症の出る人に取っては月経期の方がまだマシと云うことになります。
受験生にとっては、ただ月経を受験日から外すだけではなくて、最も体調の良い時期に受験日を合わせることが出来れば、例えば、理論上最も体調が良いとされる月経が終わって、排卵までの1週間位に受験日を持って来れば理想的だと思いますが、実際はなかなか思い通りには行きません。と云うのは、皆さん受験日が近づいて急に気が付くことが多いので、色々な選択肢が出来ないのです。本人は受験勉強でそれどころでは無いと思いますので、お母さんがその辺に気を配って早めに受診させていただくと、最も体調の良い時期と受験日を重ねることも可能になります。
女性アスリートの場合も各時期の成績データをしっかり取って、彼女の最も成績の良い時期が試合日になるように月経周期を調節すれば、充分実力を発揮出来るのではないかと期待されます。唯、月経周期を変える薬はステロイドホルモンですので、中にはドーピングに引っかかる薬剤もありますから注意が必要です。しかも、女性アスリートの中には過酷な練習と体重制限などを強いられるために体調を崩している人もいます。例えば、卵巣機能不全を起こして、生理不順になり、中には無月経になってしまう人もいます。この卵胞ホルモン低下は骨粗鬆症の原因にもなり、疲労骨折を起こしたもりします。又貧血にもなり易いです。一方、子宮内膜症治療薬、経口排卵誘発剤、骨粗鬆症治療薬、貧血の鉄剤静脈注射などはドーピングの対象ですので使用出来ません。
余談ですが、不妊治療をしながらの競技生活はドーピングの関係で難しいと思います。
このように女性アスリートには産婦人科学的なサポートが必要になりますので、その辺の指導も我々産婦人科医の務めだと考えています。