2009年9月18日
第42回
新型インフルエンザと妊婦対策
今年の4月25日にメキシコで豚インフルエンザが発生したと云う第1報が世界を駆け巡りました。日本では水際作戦とか云って世界でも稀に見る警戒態勢を敷きましたが、その甲斐も無く、5月16日に神戸で新型インフルエンザの国内初感染者が出ました。それも政府の対策の裏をかく様に、渡航歴も無く、帰国者との接触も無い高校生が発病しました。
余談ですが、この患者を診断した神戸の内科医は、流行を最小限に抑えた功労者ですので、表彰されても良い位なのに、厚労省からの通達は1週間の休診要請でした。しかも、休業保障をされたとは聞いていません。正直云って、あの頃我々医者は感染者が来院しません様にと祈るような気持ちでした。その後、冬に向かった南半球では大流行し死者も出ました。WHOはフェーズ6と発表し、パンデミック(大流行)宣言をしています。日本では夏でしたので、大流行にはなりませんでしたが、そんな中で不思議な事に最も暑い沖縄で流行が始まり日本最初の死者も出ました。現在では沖縄は終息気味だそうですが、全国的には冬に向けて大流行が間もなく来るだろうと懸念されています。
最近患者さん、特に妊婦さんから、どう対応したら良いですかとよく聞かれます。妊婦さんはハイリスク群ですので、感染しない様により一層の注意が必要です。先ずは、今や常識ですが、手洗い、うがい、出来るだけ人混みを避ける、外出時はマスク着用などの一般的な予防策を講じてください。それから、新型インフルエンザワクチンについては、妊婦さんは優先的に接種出来ると思いますので、妊娠時期に関わらず打っていただくのが良いと思います。ちなみに費用は8,000円位と見込まれています。とは云うものの製造が遅れていて今だに発売されていません。10月末には医療機関に届くようですが、まだ詳細は解っていません。それどころか品不足で国産品は秋までに1,700万人分位しか間に合わないと云われています。足らない分は輸入に頼るしかありませんが、上手く輸入出来ないかもしれないと懸念されていました。
これも余談かもしれませんが、その理由を皆さんは、治験されずに使用する事が薬事法に抵触するとか、輸入品は添加物が使用されているので安全性に問題があるとか、或いは日本の様な生産技術も経済力もある国が金に飽かせて買いあさっては、発展途上国など国際社会からブーイングが来ると云った日本側主体の事情だとお考えでしょうが、実は逆で、日本は薬害リスクに対する国家的保障が不備なので、製薬会社がリスクを恐れて売ってくれないと云うのが実情のようです。確かに今の日本の薬害訴訟はほとんど被害者が勝訴しますし、額も青天井です。海外の製薬会社が高値で買う日本に色気を出して商売しても、もしもなんか起これば利益どころか会社存亡の危機に遭ってしまいます。それなら国家的に薬害保障制度が完備している欧米諸国に売った方が安全と云う事になります。その点の免責を求められていた訳ですが、最近民主党の直島政調会長が特別措置法案を臨時国会に提出すると記者会見しました。それでやっと確保出来るようです。政権交代が良いきっかけになったのかもしれません。
話を戻します。厚労省の指針では、もし妊婦さんが新型インフルエンザに罹ったと思ったら、産科的な症状の無い時は、産婦人科ではなく先ず内科に掛かって検査を受け、場合によっては治療も内科で受けなさいとなっています。しかし、ある新聞のアンケートでは、産婦人科以外の医療機関の約30%が対応出来ないと答えています。それは他科では妊婦さんの扱いに慣れてないから無理だと云う事です。又分娩も隔離病棟のある施設でするようにとなっていますが、周産期母子センター側では、新型インフルエンザに感染しただけでは受け入れないと云っています。理由は新型インフルエンザに感染した人をみんな引き受けたらセンターがすぐパンクして、もっと必要な妊婦さんを受けられなくなってしまうからです。ですから、現実には、新型インフルエンザの妊婦さんも、今予約している産科病院か診療所でお産する事になると思います。パンデミックになってしまえば限りある医療設備を有効利用しなければ乗り切れません。治療は理想通りには行かないと思いますが、国民全体がその辺を良く理解し、自己中心的にならずにお互いに協力し合わなければならないと思います。
最後に当院の新型インフルエンザに対する基本的な対応についてお話します。当院では、内科、小児科はもちろん産婦人科も原則として新型インフルエンザの患者さんの診療をいたします。妊婦さんに関して云えば、基本的には日本産婦人科学会の示した指標に沿って対応する予定です。具体的には新型インフルエンザの疑いのある人は産科的症状が無ければ先ず内科に掛かって貰って検査し、新型インフルエンザなら早めに内科で抗インフルエンザ薬による治療を行います。もし分娩と重なれば、産科入院とし、当院で分娩してもらう事になります。指標では、感染後7日以内の分娩の場合は,原則として母児別室で隔離して管理する様に薦めています。感染者が一人、二人の内は当院でも対処できますが、パンデミックになって、感染した褥婦さんが大勢になると設備的にもスタッフ的にも無理になります。その場合は院内2次感染を最小限に防ぐため、分娩後は産科個室で母児同室とし、症状が収まるまで外部との接触を極力避けてもらう様にします。母児水平感染が起こる可能性はゼロではありませんが、母親が予防に気を配れば(母親は誰よりも真剣に気を配る)、母親自身は治療中ですし、母乳免疫なども考慮に入れ、他人への2次感染を防ぐ次善の策だと考えます。以前から季節性インフルエンザの患者さんにもこの方法を採っていましたが、経験上当院ではこの方法が一番良いようです。しかしそれよりも、何よりも当院予約の妊婦さんは新型インフルエンザに罹からない様に切にお願いします!。