2023年9月20日
第210回
「反出生主義」??この分で行くと日本に秋は無くなってしまうのではないかと心配になります。
9月13日付けの中日新聞で「反出生主義」と言うあまり聞きなれない主義の記事が載っていました。どうも全ての人の出生を否定的にとらえる思想のようで、簡単に言えば全ての人間は生まれて来ない方がいいし、全ての人間は産むべきではないと言う主張らしいです。
私にとっては目新しい熟語ですが、この言葉は以前から時々話題になったらしく、2006年に南アフリカの哲学者ディビット・ベネター氏が哲学書「生まれてこないほうが良かった」を発表して注目されました。“生まれれば快楽も苦痛もあり、生まれなければ快楽も苦痛も無い。両者を比べると苦痛がある前者の方が害悪で、人類は絶滅した方が良い”と説いているそうです。これが正しい定義なら産むのは悪になってしまいますが、人間は快楽か苦痛だけで生きている訳では無いので人間の多様性が無視されているような気がします。
一方で自然界では人間も含めて生物の最大のイベントは次の世代を残すことです。哲学的にはとも角、現実的には産むのは悪だと考える人はそんなに多くはないと思いますが、確かに親に無視されたり、暴力を振るわれたり、貧困だったり、自分が不幸に育った。生まれない方が幸せだった。だから、同じ思いをさせないように、自分は子供を産まない。産ませない。否自分だけでなく、人間が生まれて来ること事態が罪だ。そのように考える人もある数いるとは思います。
特に最近、若年層に貧困が進み、反出生主義が受け入れやすい世の中になってしまったのは残念です。一方、産科病院に取っては大問題です。
主義主張だから何を言おうが勝手かもしれませんが、自分は産まないは良いとして、産みたい人にまで産むなと言うのは人権侵害のような気がします。
又、生まれたいかどうかの承認を本人に得ないで産むのは無責任だと言うことですが、それも勝手な理論でしょう。胎児に意見を聞くことはほぼ永遠に無理だと思います。
逆に生まれて来ない方が良かったなら、今死んでしまおうかと考えがちだと思いますが、それは違って、生きている価値は大切にしましょうと言う考え方だと解説しています。矛盾しているようで難しいところですが、悩んでいる人たちにとってはこの「反出生主義」の論理はある種の救いになったでしょう。
今回の記事も、生まれない方が幸せで、子供を持ちたいとは思わない。と悩んでいた女性が反出生主義を知り、思っていたことはまさにこれだと感じたと言う投稿から始まっています。只、彼女は恋人ができ、結婚することになったこの人との子なら産んでも良いかなと心が揺れているそうですので、是非産んで欲しいと思います。
人生観は環境や年齢によって変わるもの。変えられるものだと思います。
ラグビー日本代表のキャプテン、姫野和樹選手も「姫野ノート」で述べていますが、貧しい家庭で育ち、やんちゃだった彼がラグビーと出会い多くの良き指導者に恵まれ、今や日本代表のキャプテンとして他人に尊敬される立場になりました。人は出会いや環境で変われるのだと思います。人間は多面性があり、そんなに単純なものでは無いような気がします。
日頃少子化対策に奔走している私ですが、少子化の原因の中にこんな理由があるとは思考の及ばない所でした。
単純に、晩婚化で妊娠適齢期を外れ産みたくても妊娠出来ない。あるいは分娩費用はとも角、養育費を考えると一人でも大変で、二人目、三人目はとても考えられない。
つまり“子供は産みたいが”は大前提だが色々な理由があって・・・と信じていました。
反出生主義、産むのは罪だと言う考え方の人もいると言うことを認識していませんでしたが、これからはそんなことも頭に入れて診察に当たろうと思い直しました。
しかし、当院では、出産はあくまで善と考えて“おめでとうございます”と言います。間違っても“ご愁傷さまでした”と言うつもりはありません(笑)。念のため!