2012年3月20日
第72回
"赤ちゃんに優しい病院(Baby Friendly Hospital)"に関して一言

 3月11日は戦後最大の自然災害となった東日本大震災から丁度一年が経過した日です。この日は被災地はもちろん、東京を始め各地で追悼式典が催されていました。改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。テレビも一日中関連報道をしていましたが、総じて復興はまだまだ進んでいないようです。野田首相が"日本の再生と云う歴史的な使命を果たす"と述べていましたが、一日も早く本当にそうなる事を切望します。日本人の総力を持ってすれば、きっとそう遠くない将来、"美しい古里を取り戻す"ことが出来るでしょう。私はそう信じます!。
 さて、先日外来で、妊娠中期の患者さんから、"赤ちゃんに優しい病院<Baby Friendly Hospital(BFH)>の認定を受けていますか?"と云う質問を受けました。"いいえ"とお答えすると、その患者さんは、この病院は有名な病院なのに内容は大した事ないねと云うような発言をなさって帰られました。その言い草に私のプライドも傷つきましたが、それよりも彼女が"赤ちゃんに優しい病院(BFH)"についての正しい認識が無いように思えましたので、少し説明させていただきます。
 そもそも"BFH"は施設の母児管理のレベルを示す指標ではありません。母乳育児の方針を示す指標です。確かにWHOとユニセフが定めた"母乳育児を成功させるための10ヶ条"をクリアした施設が認定されますので、権威はあり、いい加減なものではありません。しかし、10ヶ条の内容が母乳育児に偏り過ぎていて、運用の幅に余裕が無いのが私には不満です。参考までに10ヶ条を示しますと

  • 母乳育児の方針を全ての医療に関わっている人に、常に知らせること。
  • 全ての医療従事者に母乳育児をするために必要な知識と技術を教えること。
  • すべての妊婦に母乳育児の良い点とその方法をよく知らせること。
  • 母親が分娩後、30分以内に母乳を飲ませられるように援助すること。
  • 母親に授乳の指導を十分にし、もし、赤ちゃんから離れることがあっても母乳の分泌を維持する方法を教えること。
  • 医学的な必要がないのに母乳以外のもの、水分、糖水、人工乳を与えないこと。
  • 母子同室にする。赤ちゃんと母親が一日中24時間、一緒にいられるようにすること。
  • 赤ちゃんが欲しがるときに、欲しがるままの授乳を勧めること。
  • 母乳を飲んでいる赤ちゃんにゴムの乳首やおしゃぶりを与えないこと。
  • 母乳育児のための支援グループ作りを援助し、退院する母親に、このようなグループを紹介すること。

 お読みになって解るように、これは母乳育児推進のための指標です。極端な事を云えば、
何がなんでも母乳でなければいけないと云った母乳至上主義の考え方です。もちろん、赤ちゃんの栄養に取って母乳が最適であることに異存は有りません。しかし、行き過ぎて母乳以外は悪。糖水、人工乳拒否と云うような発想に私は違和感を持っているのです。(事実、BFH認定施設の医師や助産師の中には母乳至上主義が昂じてその他を認めない考え方の人がおられます)。
 当院においても、母乳育児の重要性は充分承知しており、その教育、支援には積極的に
取り組んでいます。例えば、"BFH 10ヶ条"1、2条にある医療従事者の教育には、当院小児科医で国際認定ラクテーションコンサルタントの資格を持つ母乳育児支援のスペシャリストが当たっていますので、助産師や看護師は知識と技術を充分備えています。3、4、5条の妊婦や母親に対する指導や援助も、その助産師たちが中心となって積極的に行っています。彼女(小児科医は女医さん)に教育された助産師や看護師の母乳育児支援はBFH認定施設のそれよりもむしろレベルが高いぐらいだと評価されています。
 しかし、母乳が良く出る人はこの方法で問題はありませんが、母乳の出ない人、足らない人、あるいは成人T細胞白血病(HTLV-1)キァリアの人のように飲ませたくても飲ませられない人等、この10ヶ条から外れた人は、母親失格の烙印を押されたようで大変な重荷になります。母乳が出ないためにうつになってしまう人もいるほどで、これでは結果的に育児にも悪影響を与えてしまうでしょう。私は母乳育児は赤ちゃんにとって重要な要素ではあるが全てではないと考えています。母乳が出ないことを苦にしないで育児が出来るような配慮も必要で、母乳が十分な人は母乳で、足りない人は次善の方法で母児ともにストレスの無い育児が出来る選択肢を残しておきたいのです。6条の"医学的に必要・・・"に関しては、どこまでが限界かが問題です。BFH施設ではどうしても基準が厳しくなりがちで、その結果、低血糖になって痙攣を起こしたり、過度の体重減少を起こしたりでは、かえって赤ちゃんの発育に悪影響を与えます。7条、母児同室。8条、自律哺乳。9条、人工乳首。10条、退院後支援などについては当院では患者さんの希望に沿って選択をしてもらっています。
 要約すると、母児管理に関する当院のコンセプトは、母乳育児を第一に推奨はするが強
制はしない。母乳育児がうまく行かない人には、母親の希望や事情に合わせて幾つかの選択肢を用意し母親失格と云うような思いをさせない環境を作ることにあります。
 その心算りになれば、当院にとっては"BFH 10ヶ条"をクリアするのはさほど難しくはありませんが、以上の理由から敢えて申請していないのです。
 あの患者さんにも丁寧にこのような説明をすれば当院に対する評価を変えてもらえたかもしれませんが、あの時は年甲斐もなく血の気が昇って、大した説明もせず、"どうぞご自由に"と云う感じでスルーしてしまいました。
 まだまだ修行が足りませんね! ご免なさい!。