2012年4月20日
第73回
母子手帳改訂で思うこと
そして春4月は、新しい年度の始まりです。若者たちは入学、進級、あるいは新社会人として羽ばたき、企業も新年度がスタートして、何となく国中が期待と、希望に満ち、うきうきした気分になる季節です。
余談ですが、ある有名大学が国際的な競争力を高めるため秋入学に変更すると云っています。私の心情としては、ほのぼのと温かい春、うきうきとしたこの季節に桜の下で入学式を迎えた方が日本の風土に馴染んでいるような気がしますが如何でしょう。それは現実逃避のノスタルジアでしょうか?。
一方、新しい制度や制度の変更なども多くは新年度の4月からスタートします。ここで春のうららから急に厳しい現実に戻りますが、医療の分野では、2年毎の診療報酬の改定がありました。東日本大震災下で軒並み予算カットにもかかわらず、0.004%のアップだと厚労省は誇示していますが、0.004%などと云う数字は、アップ率としてはほとんど実感のない値です。第一どのような試算をするとそうなるのか、少し分母を変えれば逆にダウンの試算結果が出てしまいそうな数値でもあります。しかも、内容的にはほとんどが高度医療に配分されていますので、皆さんがよく罹るごく一般的な病気の標準的な治療に奮闘している、当院のような町の第一線の病院にはあまり恩恵はありません。それどころか、在宅医療の充実(裏を返せば、入院費抑制)と云う名目で入院日数の減算が目立ち、長期入院をしてもらうことが難しくなりました。この点については先だってNHKでもニュースで取り上げていましたが、これは患者さんにとっても不幸な事です。とまぁ、愚痴が先に出てしまいましたが・・・。
今日皆さんにお知らせしたかったのは、10年ぶりに改訂された母子手帳の内容についてです。新しい母子手帳では、まず妊娠中の欄で、妊婦さんや父親が自由に書き込める自由記載欄が大幅に増えました。妊娠中の体調の変化や不安、疑問点などを書き留めて置き、受診時に医師や助産師に質問する時に役立ててください。又、妊婦健診の結果を記録する欄が増加し、超音波検査で推計した胎児の体重を記録出来るようにもなりました。その他、喫煙と飲酒の害について、あるいはハイリスク妊娠の特徴や症状についてなど医学的な注意事項も明記されています。子育て欄には、胆道閉鎖症を早く見つけるために、赤ちゃんの便の色をチェックする色見本も付きました。又、予防接種の記録欄も充実されました。元々、公費負担で打てる麻疹(はしか)やBCGなど定期接種については、接種した年月日やワクチンの製造記録などを記入する欄がありましたが、今回は、自費で接種する任意接種の一部に公費補助が出るようになったことを踏まえて、インフルエンザb菌(Hib)や肺炎球菌などの、任意接種の欄も充実されました。又今回の改訂では、最近特に問題となっている乳幼児虐待について、妊娠や子育て中の不安や悩みが、その一因となる可能性が大きいことから"子育てについて気軽に相談できる人はいますか?"とか"不安や困難を感じることはありますか?"と云った質問欄が増えました。これは保護者が妊娠や子育て中に支援が必要な状況になった時、医師や保健師がこれに早く気づき支援の手を差し伸べられるようにとの配慮からです。
この流れに沿って、妊娠届出書も大きく変わりました。今までは、妊婦さんの住所、氏名、年齢、生年月日などと、医師または助産師の診断事項だけの記載でしたが、今回からそれは用紙の上段にコンパクトにまとめられ、下段には"あなたの妊娠・出産・子育てを、妊娠中から応援します。秘密は堅く守りますので、ご記入ください"と云う注釈があって、13項目の質問事項が並んでいます。中には"今回の妊娠で不妊治療をしましたか?"と云うような"そんな事、大きなお世話だ!"と云いたい質問もありますが、"妊娠が分かった時はどんなお気持ちでしたか"の問いには、回答欄で"うれしかった""戸惑った""困った"などの答えが6択も並んでいます。又"現在、困っていること、悩んでいること、不安なこと、などはありますか"の欄では、"妊娠、出産、自分の身体のこと"の他に"夫婦関係や家族関係。経済的なこと"まで聞いています。その他"困った時助けてくれる人はいますか"とか"里帰りの予定ですか"とかかなりプライベートな面まで立ち入った質問が続きます。これに答える大部分の妊婦さんは"失礼な!"と不愉快な気分になるのではないかと私も心配になりますが、本当に困っている少数の人を支援するための手段だと理解してご協力ください。それよりもせっかく恥を忍んで書いてくださっても、それをきちんと把握して支援できる体制が、行政や医療側に構築されているのかその方がもっと心配です。
新生児虐待死の場合、その60%が生後1日目までに起こるそうです。と云うことは、施設分娩ならその施設内で起こる確率が高い訳ですから、保健所よりも我々医療機関がより対応を迫られます。行政は"虐待防止は妊娠中から"と世間受けするキャンペーンを張って、結局は我々に尻拭いをさせるつもりです。何時ものことですが・・・。
嘗て私は母性愛とはどんな理屈も理不尽も超越した絶対的な愛だと信じていましたが、そんな崇高な母性はどこへ行ってしまったのでしょう・・・。
それにしても、散々神経を使ってやっと無事に生ませても、まだホッと出来ないなんて悲しい時代になりましたねぇ・・・。