2006年1月17日
第11回
恒例 星ヶ丘マタニティ病院のお正月
 星ヶ丘マタニティ病院のお正月は、元旦の院長回診から始まります。
昭和53年の開院以来続けていますので、今年で28回目になります。途中からは前津看護師長も付き合ってくれるようになり、それからでも20年近くになると思います。私は開業した時から、正月に遠出の旅行など無理だと諦めていましたので、“どうせ家にいるなら患者さんの顔でも看て来るか”程度のノリで始めた元旦回診でしたが、師長までも巻き添えにしてしまい、正月だと言うのに好きな旅行も出来なくしてしまって、迷惑をかけています。それどころかもっと気の毒なのは、随分前のある年の結婚式か何かで、和服を着ている師長を見て、“来年の正月回診は和服でやろうか”と冗談を云った所、師長も乗り易い人で“いいですよ”と二つ返事が返ってきて、翌年の正月、私と師長は和服の晴れ着で回診をしてみました。患者さんから不謹慎だと、怒られるかなと心配しましたが、お正月は、婦人科の患者さんは大抵外泊か退院していて、入院している患者さんは、お産の後のお目出度い人ばかりですので、かえってお正月らしくて良いと好評でした。それに味を占めてその後ずっと二人は和服で通しています。私は毎年同じ着物でお茶を濁しているので良いのですが、師長は毎年新調しているようなので、えらい散財をさせてしまい本当に申し訳ないと思っています。
 さて、どこのご家庭でもお正月の準備を暮れの内になさると思いますが、病院でも色々しています。先ず12月の第2水曜日に大掃除をします。夜の診察の無い水曜日を選んで全員で手分けして、担当部署を掃除、整頓する訳ですが、この頃は病院も広くなったのでなかなか大変です。それに今までいろんな失敗もありました。例えば、カーテンを洗ったら縮んでしまって役に立たなくなったとか、ブラインドをゴシゴシ洗ったのは良かったが、ベキベキに折れて動かなくなったり、壁の汚れを一生懸命落としたら、汚れた水が床の絨毯に落ちてそっちが取れなくなったり等々。私の役目はそんな事の無いように監督(?)する事と絵画等の額縁の清掃です。これも結構多いので骨が折れます。
 又、暮れの30日にはお正月の飾り付けをします。正面玄関の門松はさすがに業者の人に頼みますが、その他のしめ縄や飾り餅は安井事務長と師長と私で飾ります。又、総合受付の大花瓶を始め、各所のお正月花は中山薬局長の作品です。毎年なかなかの出来ですので気を付けて見て下さい。
それから、飾り餅の上に張ってある、謹賀新年(今年の場合)の書き物は私の作です。最初の頃は3枚書けば良かったのですが、だんだん診療科が増えて窓口も多くなって、枚数も増えていきました。それでも10年ほど前までは、書くだけではなく“松竹梅”等の水墨画を描き添えたりして結構入れ込んでいましたが、老人保健施設を作ったので、枚数が又増えて15枚も書かなければならなくなった事や、8年前に大病をしたせいもあり、正直今は持て余し気味です。そこで何とか達筆な石丸副院長に譲ろうと打診していますが、上手く逃げられて、今年も私が書く羽目になりました。3~4枚だと集中出来てそんなに失敗もしませんが、15枚となると、気に入らない物が一杯出てきて、倍位書くことになります。
今年は謹賀新年と4文字書きましたが、頌春や迎春なら2文字だから労力は半分で済むなとか、賀正なら字画が少ないからもっと楽かなとか、何とかコピー出来ないかなとか(紙が大きすぎてしかも和紙ですので普通のコピー機では無理なようです)、姑息な事を考えながら、それでもやっと書き終えました。しかし、こんなでは心もこもらないし、はっきり云って今年の作品は出来が悪いです。
 一方でおせち料理の準備もこの時期欠かせません。当院のおせち料理は、お正月に入院した人には、殊のほか好評で隠れたヒットメニューです。その中でも、私が特に気に入っているのは三箇日の朝食にそれぞれ違ったタイプが出てくるお雑煮です。元旦はおめでたい食材“えび”をど~んと入れた関東風のすまし仕立てで、如何にもお正月らしい一品、2日目は京風で白味噌に丸餅と野菜沢山の胃腸に優しいお雑煮、3日目は醤油味にとろりと煮た餅と餅菜に柚子皮を添えただけのシンプルな、所謂名古屋風のお雑煮(我が家もこれです)、どれも結構美味しくて、入院患者さんには“何時もの我が家のお雑煮と違って新鮮だ”とか“懐かしい私の故郷の味だ”とか、食べ比べて楽しんで頂いています。こんな風に星ヶ丘マタニティ病院の正月準備は伝統的に職員の手作りで進めています。
 それから年末年始の病院の風物詩と云うか、今年もそうでしたが、暮れは、時間外の患者さんが一杯いらして、28日まで診療していたのに何で?と思うほど、30日、31日はてんてこ舞です。特に小児科は普通の日と変わらない位の患者さんで、小児科の井口部長は例年休み返上の皆出勤です。彼も小児科医の宿命と考えて文句も云わずに頑張ってくれていますが、私は秘かに申し訳ないと思っています。しかし、お正月になると一転して静かになります。不思議な事に、小児科のお子さんもみんな元気になったようですし、切迫流、早産の方々も落ち着いたようです。唯一陣痛の始まった人だけは入院されて来ますが、心なしか暮れに陣痛で来た人より余裕があって、それこそお正月のお目出度気分です。ですから病院でも暮れの気ぜわしさから一変して正月は穏やかなゆったりした雰囲気が漂っています。日本人の暮れと正月に対する感覚というか、意識がこんな所にもうかがえて興味深いと思います。
 今年は珍しく元旦生まれはゼロでしたが、暮れの31日に5人、正月2日に3人のお子さんが無事生まれました。新お母さん達は“もう少し我慢して、元旦の日付けで生みたかった”とか、あるいは”もう少し頑張って元旦中に生めば良かった“とか、皆無事に生まれたので、気楽な事を云って笑っています。そんな新お母さん達とお互いにほっと安心した気分で会話を交しながら、元気な赤ちゃんの産声を聞いている時、私は産婦人科医になって良かったとつくづく感じます。
今年も穏やかでしかも活気に満ちた1年になるように祈りながら28回目の元旦当直を無事終えました。