2008年2月20日
第23回
倖田來未「羊水が腐る」発言の産科学的見解
さて、今回問題となった「35歳を過ぎると羊水が腐る」について少し産科学的に分析してみたいと思います。そもそも羊水とは妊娠に伴って羊膜腔内の羊膜から分泌され、妊娠中期以降は胎児尿、胎児皮膚分泌物なども混入した胎児性の成分で、妊娠週数と共に増量し、分娩時では約500mlとなる透明,淡黄色の液体です。機能としては、胎児の新陳代謝、嚥下、呼吸訓練などの他、運動補助、外圧保護にも役立っています。
それでは、「羊水は腐る」か、どうかですが、妊娠分娩が正常に推移していれば、年齢に関係なく「腐る」事はありません。ところが、前期破水などで子宮内感染が起こったり、分娩が難航して胎児ジストレスが起こったりすれば、羊水混濁と云って、羊水が「濁る」事はあります。ただ子宮内感染がどんどん進行して羊水全体が膿化した場合に、その羊水の汚い形状と、匂いを嗅げば、それを判り易く「羊水が腐った」と表現する事があるかもしれません。しかし普通に病院に罹っている妊婦さんなら、そこまで無治療と云う事はありませんので、「羊水が腐った」状態を見るのは極めて稀な事だと思います。少なくとも年齢によって羊水の質に差は生じませんが、高年齢出産は分娩遷延など、胎児ジストレスの原因にはなり易いので、羊水混濁、平たく言えば「羊水が濁る」ことは若い妊婦さんより多く見られると思います。
釈明会見によれば、彼女のマネージャーが結婚したことから子供の話になり、「早く子供を産みなさいよ。年を取るとお産が大変になるから。」例えば「35歳を過ぎると羊水が腐るらしいし」と云う例えが出たらしいのです。この例えは、大変不適切で拙かったのですが、話の趣旨としてはそんなに的外れではなく、例えに適切な例を挙げてくれていれば、有名人が挙児希望女性に対し、若いうちに産むように啓蒙をしてくれたと云う意味で、女性にとっても、我々産科医にとっても、むしろ歓迎すべき発言だったのではないかとさえ思います。
こんな風に倖田來未さんを擁護するような事を書くと、私もバッシングに遭いそうで怖いのですが、あくまで産科学的見地からの発言ですのでご理解ください。「羊水が腐る」発言は論外としても、産科学的には、子供は20代で産んだ方が30代後半で産むよりも、難産に成り難く、より安全で苦痛も少ない事は事実です。
つい最近の例ですが、37歳の初産婦さんが、陣痛発来で夕方入院されました。しかし、陣痛もあまり強くならないままに、子宮口の開大も変わらず一晩が過ぎました。翌朝からは陣痛促進剤を使用して、陣痛は良くなったのですがなかなか子宮口が開大しない、夜の8時ごろにやっと子宮口8cmとなりましたが、その頃から患者さんが「体力の限界だ、もう頑張れない、何とかして」お祖母さんからも「こんなに長引くのは異常だ、帝王切開してくれ」と要望がありました。最近は医療側に厳しいご時勢ですので、トラブルを避けるために、患者さんサイドの要求があれば、医学的適応が無くても受け入れる事が多いのですが、幸い未だ赤ちゃんにストレスは罹っていなかったので、無痛分娩に切り替えてもう少し頑張る事になりました。人口破膜もして、やっと11時に子宮口全開大し分娩室に入りましたが、そこから又上手に気張れず、結局鉗子分娩となり、日付けが変ってからやっと分娩が終了しました。結果的には帝王切開にならずに良かったと言うことでしたが、この人の場合、体形は中肉中背で妊娠中の肥満も無く、骨盤も普通、赤ちゃんも推定体重は2800g前後と標準、年齢以外、特にリスクファクターも無く、普通なら順調に分娩が進行しても良さそうなのに、遷延分娩になりました。こんな時、もしこの人が25歳で産んでいたらどうだっただろう?もっとスムーズに産めたのではないかと私の数多くの経験から何時も推測しています。要するに高年初産のために、骨格や、筋肉の柔軟性に欠け、体力も衰えて、それらが難産の原因になり易いと云う事だと思います。
しかしながら、いろいろな事情でもう既に35歳を過ぎてしまった人でも、お子さんの欲しい人は、勿論、子作りに励んで下さい。今、現実には、当院でも高年齢出産の方は沢山みえますが、皆周到な産科管理の下で、母子共に順調な分娩をなさっています。安全に産む方法は幾つか有りますから安心して妊娠してください。只妊娠中の異常も若い時より多いですから、妊娠したらきちんと妊婦検診は受けてください。
書いている内に、高年齢出産に批判的な論調になってしまい、結果的に倖田來未さんの肩を持つような形となりましたが、純粋に医学的見解を述べただけですので、私に対するバッシングは切にお許しのほどを!蛇足ですが、私は倖田來未さんの熱烈なフアンでも、親戚でもありません。念のため。