2019年11月20日
第164回
”説明と同意”~副作用の説明が難しい~
前回の理事長コラムでAI(人工知能)の話をしました。その中で医者の仕事として残るのは病気や治療法の説明をして同意書にサインをしてもらうこと位かなと書きましたが、この”説明と同意”(インフォームド コンセント)の比重が最近ますます増えて、診察時間のかなりの部分を占めています。
先日、妊娠10カ月になっても骨盤位(逆子)が直らない妊婦さんにご主人も同席してもらって、帝王切開手術の必要性を説明し、同意を求める話をしました。
先ず、手術の必要性について。骨盤位の場合、経腟分娩では最初に赤ちゃんのお尻(たまには足)から産まれてくるので、赤ちゃんの中で一番大きい頭が最後に出てくることになります。もし胴体からから首まで出て頭だけ引っかかって出なくなった時、それから帝王切開術をしても間に合わず、児に重大な後遺症を残す危険性があります。だから産み月になっても逆子が直らない場合は、陣痛が来る前に予定帝王切開術で児を娩出した方が安全です。と説明すると大抵の人は納得されます。
次に手術の方法について。当院の場合は、皮膚は恥骨上部を10cm程横切開して、腹腔内に入り、子宮も体部下部を横切開して赤ちゃんを娩出します。手術開始から児娩出までは10分弱で終わります。それから胎盤を娩出し、切開した部分を丁寧に縫合して手術終了です。この時間が20~30分掛かります。
麻酔方法について。主麻酔は硬膜外麻酔です。腰椎から硬膜外に細い管を挿管し、麻酔剤を持続注入する方法です。これは局所麻酔ですので、お母さんの意識はあり、産まれた赤ちゃんの産声も聞こえるし、赤ちゃんを見ることも出来ます。一方胎児に麻酔が罹らず、スリーピングベビーにならない利点があります。普通は児娩出後は簡易全身麻酔に切り替えて眠ってもらいます。だから、患者さんは目覚めた時には手術は終了している状態です。と説明すると、ここまでは患者さんもご主人も何となく理解されて納得されます。
最後に手術、麻酔に対する副作用について説明します。
先ず、手術の危険性について。子宮を無止血で切開する手術なので術中出血はある程度必須です。稀ですが輸血が必要になることもあります。また、羊水が腹腔内に飛び散るような手術ですので、肺血栓塞栓症などの重篤な合併症が稀に起こることがあります(ハイリスクの人には予防のための低分子量ヘパリン投与の説明もします)。また手術としては不潔な部類ですので創部感染や縫合不全が起こることもたまにあります。同じような理由で術後腸管麻痺も起こることがあります。
麻酔について。血圧低下が激しい場合は麻酔方法を変更することがあります。また、非常に稀ですが血管内注入、局所麻酔薬中毒、硬膜外血種、神経障害などが起こる可能性もあることを承知しておいてください。
この副作用の説明で多くの人が不安になり、そんなに危険な手術をして大丈夫ですかと質問されます。我々としては、手術、麻酔の副作用は稀なことで、滅多に起こらないことであり、逆子を経腟分娩した時に起こる危険の方がずっと確率が高いことを説明したつもりですが、不安事実の方だけが耳に残るようです。患者さんに取っては確率の問題ではなく自分がどうなるかの問題なので、気持ちはわかりますが、かと云って、手術を拒否されても今度は病院側が安全な分娩を保証できません。
副作用については非常に確率の低いことなので、以前はサラッと流していましたが、今は同意書に詳しく書いてありますので、診察時間の何倍もかけてしっかりと説明し、患者さんやご家族の納得を得てサインを貰っています。
この辺の話し方が非常に難しいと感ずる今日この頃です。